3章 5章 TOP



4章 異世界へ渡るには 



「そう言えば、結局私達は何かする必要あるの?」 
私はふとカシスに尋ねた。ほら、私が魔法に目覚めたのって魔物に襲われたからでしょ?
つまり私は魔物にとって生きてられると困る何かがあるってことだよね。
しかも前世から引き継がれたとかいう。じゃあ何か使命とか宿命があるんじゃない?
だったら動き出さなくて良いのかなって思っちゃったりするのはおかしいことかな。
そういった思いが私にそう言わせた。

カシスが私の家に来て二日目。お母さんたちにうちに天使がいることはばれなかった。
靖に二階の部屋から窓ごしに訊いたら靖の家でもレックの存在が気づかれることもなかったって。
どうやら本当に普通の人には見えないことが確認出来たし、靖たちも私や鈴実と同じってわかった。
不思議だなあ。二人はは前世で分かれた五つの魂がまとまっているなんてって驚いてたけど。
生まれはそれぞれ遠かったはずなんだよ。私と靖の親は田舎から都会に出てきて、偶然お隣になったけど。
鈴実の家は先祖代々この町に住んでた。美紀はお父さんの仕事の都合で隣の県から越してきた。
私たちが生まれる前のことだから、鈴実や靖や美紀とは幼稚園の頃から馴染んでた。
レリの場合は行方不明のお姉さんを捜してはるばるイギリスから。三年ごとに大陸を移動してるって聞いた。
二年前に日本に来てこの町に越して来たけど、高校受験のことがあるから日本には八年いる予定なんだよ。
お父さんはイギリス人、お母さんは日本人だから日本とイギリスには永住も出来るって。
日本とイギリスじゃ同じ島国でもアジアとヨーロッパですごく離れてる。
もしレリと私たちを全員見つけられたとしても引き合わせることは出来ないんじゃないのかな?
だって私たち子供だし。子供一人大陸を飛び越えて異文化に渡ること自体が冒険だよ。
ちょうどタイミングの良いところで見つけたんだよ、カシスとレックは。ホントに。
三年前だったら早すぎるし今から七年後だったら遅かったところだよ。
出会ったとしても私たちが特別仲良しだったりしなかったら文通もしてないだろうし。

「うん、まずは明夜様に会ってもらう必要があったりするんだけど」
「今すぐ会いにいかなくても良いの? 異世界まで」
さすがに隣町に行く感覚で異世界まで行ったりしないかな? あ、もしかして。
私たちが魔法で異世界までびゅんって引っ張ってかれるのかな。
そう言ったら、カシスは明日の夜に門の向こう側までみんなを連れてくって答えてくれた。
「みんなにはいきなりのことだけど私達の世界に来て貰わなくちゃいけない」
異世界に行けるのは魅力があるけど不安だなー。旅行の用意とかする時間ある?
世界と世界を繋げてる門は人目につかない場所に存在してるって話たけど。 
異世界とか別世界につながってる門ってどんな場所にあるのかな? このことも聞いてみた。
「私達の世界とつながってる門はこの国には五つあるの。その中で此処から一番近いのが空にある飛竜門」
「空に門が浮かんでる……? え、こっちじゃ庶民も飛行機に乗って空を越えられたりするんだけど」
飛行機の操縦士とか乗客に見つけられたりしないのかな。そりゃ、普通は見つけられっこないだろうけど。
まさか神隠しとかって異世界と繋がってる門を通過してしまったからとかだったりするの……?
「すぐの場所じゃないから時間はかかるけど。あと空にある門だから鳥に乗って通る事になるよ」
「鳥に人が乗れるものなの? そんなの出来るくらい大きい鳥いなかったと思うけど」 
少なくとも日本国内にはいなかったと思うけどなあ。多分、動物園にもいないと思う。
「それに鳥を利用して移動しようとする人はいないよ? さらりとカシスは言うけど」
私が鳥に乗ってるのを想像してみるとかなりおかしい。アホウドリとかいう大きい鳥でも乗れないよ?
 「ああ、私のいう鳥っていうのはね、属す世界を持たない古代の巨鳥なの」
ビーウィルっていう世界と世界を繋ぐ門も越える長寿の大きな鳥。
それに乗って開かれてない門を通過して、明夜って人のもとまで送り届ける。
「そこまでが私とレックに頼まれたことなの。このこと清海ちゃんから皆に伝えておいてね」
「そっか、カシスも詳しいことは知らないんだ。わかった電話で伝えとくよ」



「ゴメーン!」 
外は私達以外には誰もいない。まあ、深夜だから当然なんだけど。
それに待ち合わせ場所の公園まで誰とも会わなかったからこそ来れたんだよね。
異世界がどうとか魔法とか天使とか悪魔とか説明出来ないことだからお母さんたちには言ってない。
秘密にしておく為に、黙って家を出てきちゃった。まあ出てくるまで大変で。
お母さんに見つからないようにしてたら五分も遅れちゃった。時間にはうるさい方の靖が怒鳴るなぁ。
私、時間に遅れたことに対して怒った靖との言い合いには勝てたことがないんだよね。 
みんなと十時に公園で合流の予定だったけど、今時計を見ると十時五分過ぎになってる。 
「ったく遅いんだよ! 出るのに時間かかるのくらい想像つくだろ!」
やっぱり。靖の信条って待ち合わせの五分前には集合場所に居る、だから。こうなることはわかってたけど。
「うー、まさかお母さんが今日に限ってお皿洗いに手間取るとはおも」
「そんなの流し台みて予想しろ多いなら手伝えば早く済むんだよっ」
「あうー……」
正論なだけに、言いたい言葉はあるんだけど言えない。言ったらねじ曲げられるから。
「まあまあ。そう怒らなくてもいいじゃない、靖」 
「今はそう叫んでる場合じゃないよ」 
「近所の人に気づかれたりしたら何かと厄介な事になるわよ」
それからレリと鈴実が釘をさして。これが当たり前だから、靖は私達といても嫌がらない。
「うん、今誰かに見つかったら補導されるね」
「ああ、そうだな……次から遅れるなよ清海」
「はーい」
「よし、許す」
「あ、そうそう。で、どうやって異世界に行くの?」
レリがどうやって行くんだろうなーって首を傾げた。
え。言わなかったけ、私。夕方にレリの家に電話かけたんだけど?
「私、みんなに電話でちゃんと話したよね」
「ああ。バカでかい鳥に乗って行くんだろ。俺はレックから先に聞いたけど」
深夜の公園は静かでこうしてると喋る声はよく聞こえる。
……でも、何か穏やかな気じゃないものが混ざってきてるような。 
「何か空から来てないか?」 
「何が? 空を見上げても………………あ、本当だ」
よくわからないけど、小さな夜の闇より黒い点が一つぽつんと月を背に見える。
心なしか十秒経つごとに少しずつ広がりを見せてるように思えるよ。 
「あ? ビーウィルならまだ呼んでもいないぞ」
「あれは……魔物! 大群じゃない、どうして……」 
カシスは目がかなり良いみたい。視力にもしSクラスがあるとすればカシスが当てはまるよね、きっと。
遊牧民もすごく目が良いって言うけどカシスとどっちが良いんだろう。
「どうしてあんな大群が現れたりなんか……門は何処も開いてないはずじゃ」
「あー……なあカシス。俺さっき数えてみたんだけどだいたい今日あたりが、そうだ」
「途切れた時間軸が繋がる日を見越して魔物が送り込まれたっていうの? まさか」
「あれを読める奴らはあっちにはついてない。悪魔は魔物とは出所が違うって言っただろ」
「それはわかってる。そうでもなければ、神は魔王と手を組まない」
「ああ、わかってくれてれば良いんだ」
「私とレックは力を合わせないと帰れないのよ、来る前からそんなことは重々承知してるの」 
えーと、すいません二人とも。二人だけの世界に手を繋いで仲良く入らないで?

「ねえ、放って良いの?」
「あの二人はそっとしておいて……倒しに来たのだけはわかるけど、タイミング良すぎよね」
「あたし達が行く前に片をつけようとでも思ってるのかしら。まあ妥当な行いよね」
美紀と鈴実は魔物の到来にも甘い空気にも動じることはなかった。落ち着いてるなぁ二人とも大物だよ。
「いつまで効くかともかく、あたしは結界符を発動しておくわ」
でもその代わり結界を持続させる為に集中するから魔法は使えない。
そう言いながら鈴実はお札を収納する為に改造されたコートの内側から一枚白く細長いお札を取り出した。
でも書かれてる漢字とは違う特殊言語の字に癖があるのが見えた。鈴実の字は基本にそっくりなのに。
「あれ? 鈴実、それって鈴実のお父さんが書いた奴?」
「うちの親父とっておきのを拝借してきたのよ、五年ほど前からずっとバレたことはないわ」
「じゃ、存分にやるとするかっ」

靖がそう言った時には既に魔物に取り囲まれていた状態だった。ちなみにカシスとレックは渡る為の鳥を召喚中。
小さすぎるからなのか魔物にも天使と悪魔が見えないものなのかはともかく、二人は邪魔されそうにない。

「数的に差があるわね。こっちも頭数増やすわ」 
敵は、大きいのから小さいのまで光に群がる害虫みたいにたくさんいる。翼が生えてないのが大半。
どうやって空から降りて来たんだろう。落ちてきたわけじゃないよ。ちゃんと、大騒音もたてずに。
「炎を以て門を成せ灼熱を司るもの。栄耀に仕えしもの地獄の番犬よ、我が此処に召喚す。出よ!」 
美紀の詠唱と共にまず、炎が美紀の背後で三度噴いた。その炎に魔物が何体か跡形無く消えた。
私たちのもとにまで火の粉や熱風が流れてくることはなかった。鈴実の結界のおかげかな。
片手で数えられる数の魔物が炎が噴いた部分に跳ぼうとして再度炎が噴き消し炭が大きな舌に呑まれた。
大きな舌が鋭い牙を伴って顎が空中に浮かび上がり顎は口を成し伸びて尖ったものは鼻になって止まった。
それから目が三つが六つと対をなし闇から現れた三つの顔は首まで出たところで一つの胴を共有して。
何度も火炎を飛ばしながら暗闇をくぐって三つ首をもった生き物が現れた。あ、これってケルベロス?
三つ首の唸りは衝撃を生み低い唸り声に小型の魔物は地面に叩き伏せられて首を持ち上げられそうにない。
それが唸るたびにライオンの頭に額から二本角を生やした生き物が現れた。一声に吠えたら、すごいんだろうなあ。 
「これならなんとかなるでしょ。強そうだし」 
鉄でも砕いてしまえそうな大きな牙。この生き物とは敵として出遭いたくないなあ。味方でもちょっと怖いもん。
頭からガブッと食べられそうで。獅子舞に頭を噛まれるよりは靖みたいになるほうが良いって思ったことあるよ私。

「戦闘開始♪」
レリ、どうしてそんなに気楽にそんな事言ってられるの? もしかしてレリは格闘好きなの?
いやそのプロレスの真似してジャブ繰り出したりとかしなくても良いから! 魔法戦なんだし!
そういうのは格ゲーの中でのことにしとこうよ。私はレリが無茶するよりも先に詠唱を始めた。
「風よ、その汚れなき色で魔物を吹き飛ばせ!」
「魔法が発動するまで伏せてその後に一斉攻撃」
風に地から薙ぎ払われた小型の魔物はそのまま風に身が破けて吹き飛び召喚された二角のライオンの牙に捕まり。
少し地面から離れた程度の大型は丸く曲がった爪に掛かって公園のフェンスに押し付けられて頭からかぶりつかれた。
私の吹き飛ばし魔法と号令による生物の鋭い牙と爪の猛攻で得体の知れないような魔物はこれで全部消えた。
どうとも言い表せない魔物がいたんだよねえ……とりあえず強そうなのから、ヒョロい奴まで言葉に表せないの。
典型的な魔物、というかオーソドックスな魔物はそう多くいなかった。
美紀が呼んだ生き物のほうがよっぽど普通。普通なのにザコじゃなくて強いけど。
私の魔法で結構数が減った。白兵戦向きだったのかな、あの魔物たち。意図も何も簡単にやられてたし。
「スケルトンか……鈴実、これは大丈夫だったよな」
「ええ。でもそろそろ、結界の効力がきれるわ。三分以上は保証できない」 

さすがに此処まで一方的にやられて対抗策を講じないわけもなく魔物は私たち五人だけを囲っていた。
囲っている間にも三つ首の二角のライオンに包囲網の外からやられてるけど。
それでもさっきの攻撃に耐えただけあって集団で一匹を相手にしたりして傷を負わせてる。
囲われてる私たちは鈴実の結界が途切れたら囲ってる骸骨の武器に一刺しにされる。
私たちが結界が切れるより先に包囲網から脱出出来るか、包囲する魔物を全て倒せるか。
骸骨が機を窺ってまったく微動だにしない。でもその膠着状態を三つ首が許さなかった。
敵陣に飛び込んで来てその影から逃げ切れなかった踏み潰し首を一閃して三方向へ火炎球を飛ばす。
それに吹き飛ばされながらスケルトンはじっくりと焦げていく。一瞬で無に帰さないあたり、死者って炎に耐性があるみたい。
「死者は火葬してやったほうが良いよな。公園に埋めたら困る人がいるだろうし」
靖はすっごく嬉しそうな顔をしている。増殖カエルと違って、魔物らしい魔物だからかな。
「でも耐性あるみたいだよ。不利じゃない?」
「生命を識る炎の精霊よ、色を踏み越えたものに安らかな眠りを与えよ!」 
包囲網を更に包囲する壁。よく見ればそれは揺らめいてる。骸骨の群集に放たれたのは綺麗な緑の炎だった。
緑の炎が骸骨を一体ずつ包み込み、音もなく全身に触れた刹那燃やし尽くした。骨は残らず武器も解かされ煙に消えた。
魔法に続いて美紀の指揮が空に響く。
「一気に減ったね! もう数えられるくらいしか残ってない」
「制空者へは降下しながらの攻撃を避けてから喰らえ」
最後は魔物が空中から襲いかかってきた。でも二角のライオンが跳びかかって首筋に牙を食い込ませて撃墜させた。
魔物は弱肉に成り下がり、強食者に呑まれた。死骸は公園の何処にもなく血痕すら零れる前に消えた。
今夜魔物が公園に存在したという証拠は歪にへこんだ囲いと砂場に残った足形だけ。
それすらも人の手で修復することが出来る、ずっとは残らない違和感。

「結界を切るけど、まだ気を抜かないで」
「ご苦労様、鈴実。私は呼び出したのを帰すわ」
鈴実の張っていた結界が消えて、美紀の呼んだ生き物が一匹ずつ消えていく。
そんな中、いきなり二角のライオンの一匹が靖とレリの方を向いたかと思うと火を吐いた。
二人にはあたらなかったけど、あたったら今頃二人は灼熱地獄だった。
「っちいぃぃ! な、何すんだよ!」
「何なのちょっと美紀ぃ!」
二人は焼け死んだらどうしてくれると三つ首と美紀を睨んだ。
「え、さあ……」
「柏神の庇護壁か。俺、あの顔苦手なんだよな……見逃してくれないし」
「!?」 
誰か私達以外に二人の背後にいた? それを察知した二角のライオンが先制を打った?
鈴実はその誰かの動向を見逃しはしなかったみたいで、背後から視線を逸らした。
私の右にあるすべり台以外には何もない所に向かって睨みつけて声を張り上げた。
「誰!」 
「さぁね、それは俺も知りたいよ。でも今は俺より先にこいつらを先に倒しなよ」
返答と共に新たにさっきのよりも大きな魔物が空気を裂いたように私たちの足下を揺らす程力強く現れた。
ひゃぁー、迫力ある! 戦闘好きの靖とレリに至っては感動して感嘆詞を上擦った声で何度も連呼した。
その二人の頭上にないはずの月や星とは違う輝きが光ると同時に振り落とされる白。良い音が夜風に響く。
いくら鳴ってもああどっかの家がベタなお笑い番組を大音量で見てるなってくらいで済まされるご愛嬌アイテム。
『スパァーン!』
「感動してる場合じゃないわよ、2人とも!」
「あだっ」
「いったーい」
美紀がすっとコートの袖から二つハリセンを出して華麗に決めた。美紀のあれはそのものの威力より音が凄い。
「鈴実、とりあえず」 
「わかったわ」 
こういう大型のは、今までのと違って簡単にはいかないだろうからまず動きを止めよう。 
まあ、どう対処するかを考えるための時間稼ぎでもあるんだけど。そこのとこは美紀、よろしく!
「時に木霊する者達よ、ある者は動きを弛めある者は閉め境を拵え時の理を歪ませよ!」 
大型の魔物の動きが遅くなり、止まった。よし、後は魔法で攻撃すれば。
まだ帰しきっていなかった二角のライオンが四匹掛かりで魔物を潰していく。あと七体くらいかな? 
私達は高みの見物といった所で、みんな悠々と遊具のジャングルジムに避難してる。
「うーん、さすがにあんなに大きいとなあ……闘えないよね」
「ま、これからも魔物と遭遇するかもしれないんだ。モンクは諦めろ」
「そうだね、今日はクロマで我慢する。……水の色よ、その雄大なる力を解放せよ!」  
拳を揮えなかったレリはそのことが不満だったらしくて一つ大きくため息をついて呪文を唱えだした。
レリの魔法は魔物を強烈な水圧で貫いて水は地面に染みこみながら公園の端の排水溝まで進みは止まらない。
「……なぁ。水が俺らにぶっかかんないのは良いんだけどよ」
公園全体が水浸し。ここって水はけ良いほうだけど、あれだけの水、さすがに流せきれないよ。
現に排水溝も越えて階段やフェンスの隙間から溢れていく。夜だし、被害が出ることはないと思うけど。



「結構できるほうか。ま、あれくらいで苦戦されてたらね」
「!?」
っと、姿の見えない敵の存在すっかり忘れてた! 気を引き締めて、あたりをキョロキョロ見渡す。
誰よりも早くレリが声をあげて空を指差す。その先には空中に浮かんでいる一人の男がいた。





NEXT

鈴実は見逃さないという一言から視線が何処に向いてるかにあたりをつけただけ。 何も自分の感覚が使えないからと言って何も感知出来ないとは限らない